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この人と

世界中に子どもの輝きを
世界中に子どもの輝きを
    

C.P.I.教育文化交流推進委員会 会長 小西菊文さん 聞き手:加瀬 雄二写 真:荒牧 万佐行

Q:▼「C.P.I.教育文化交流推進委員会」は、スリランカ、インドネシアの恵まれない子どもたちに奨学援助している民間団体ですが「教育里親・里子」 制度を取り入れるなどユニークですね。どういうきっかけで発足したのですか?A:1979年、京都で設立。仕事の関係で外国からの留学生との交流が多く「海外に心の友を持とう」と考え、留学生との交流の場として発足させたのです。ところが1985年にスリランカの留学生と出会い、 ショックを受けました。「熱意があるのに経済的に教育を 統けられない子供が沢山いる。一生懸命はい上がっても、途中で力尽き落ちてしまう。何とかしないと、国のリーダーは金持ちからしか 出ない。」と言われた。貧しい人の中からリーダーが出るようにならなければ」と同志を集めるために「教育里親・里子」システムによる 教育支援活動を考えました。

Q:▼それで本格的に組織化を? A:初めは、やりたい人を探して応援しようと考えてました。ところが、1987年には現地の協力団体、スリランカ日本教育文化センターから「日本側事務局の代表を」と頼まれ、その後インドネシアからも言われ、引き受けた。1988年に東京に移り、1990年には会員が2,000人を超え、もう片手間では出来なくなった。翌年から現在のC・P・I組織を全国をまわってつくり、1992年から、全国総会で専務することになったわけです。

Q:▼C.P.Iの目的と、国際援助の在り方をどう考えますか?A:学業成績は優秀だが、貧しいため進学できないスリランカとインドネシアの子供たちに奨学資金を送り、地域リーダーを育てたいですね。我々は慈善団体ではないと思っています。金があるから助けてやるというのではなく、相手との結び付きで自分も向上するのだ、という精神です。今の日本人にとって、心のふるさと、心の友を海外にも広げることが、絶対に大事だと思います。二十一世紀に向かって、子供の輝きをもっと強めていかなければ、さもないと大人たちの将来も真っ暗で、朽ちてしまう。ふるさとをみる。子供をみる。未来のために分かち合い運動をやろう、これが基本的な考え方です。(つづく)

毎日優秀な子を援助
毎日優秀な子を援助
    

C.P.I.教育文化交流推進委員会 会長 小西菊文さん 聞き手:加瀬 雄二写 真:荒牧 万佐行

Q:▼スリランカ、インドネシアの子どもたちへの奨学援助に「教育里親・里子という言葉を使ったのは?A:同じような団体がすいぶん出てきたが、私たちは現地での「教育支援と教育開発」に限定しており、養子制度ではない。相手との結び付きで育てたあとの目標について、よく見てほしい。(養子制度というのは、気をつける必要がある)外国のある団体では、可愛い子を選んで里子にし、勉強させて養子として売っているひどいケースもありますから。中学から高校卒業までの過程で、学習意欲の伸び率がぐんと高まるときがあります。そのとき家庭や地域が貧しくても優秀な子がいる。この子らに手を差し伸べ助ける。現地で子供たちの自立する力をつけてあげる。これが私たちの教育里親里子制度です。日本で支援する人を教育里親、現地の子どもを里子と呼び、原則的には一人の里親が責任を持って一人の里子を援助しようというシステムです。里親の負担は、里子一人を一口として年間に"36,000円"です。

Q:▼やはり援助は、生活に入り込んだ親しみのあるものが 必要ですね?A:援助を受ける側は、いま社会リーダーを求めている。経済的な大プロジェクトよりも、"教育"・"福祉"などの方が必要なのでは。Q:教育里子はどう選ぶのですか?A:困窮地域で、地域振興や福祉、教育に熱心な先生がいる学校をまず選びます。その中で家庭環境は悪いけど、成績優秀で責任感の強い生徒を現地協力団体の教育文化センターが選び、当会に連絡してくるわけです。Q:援助対象の子どもは?A:スリランカは九年生(十三歳)から十三年生まで。日本でいえば中学、高校生といったところ。十一年生(中学)卒書資格の獲得をまでをまず目標とし、十三年生(高校)卒業資格までいく生徒には引き続き援助します。インドネシアは中学三年から高校三年までをまず目標にして、国立大学に入った学生は引き続き援助していきます。何しろ教育費負担に耐えられない家庭か多く、スリランカの場合、八年生を終わるまでに25%がドロップアウトする。そういう中から救い上げた子どもたちが優秀な育ちかたをしてくれると嬉しいですね。たとえば、十一年から十二年生になるときの進級試験は、スリランカ全般で見ると、浪人学生を含めても25%くらいしか合格しません。ところが、わが里子は約80%が合格。奨学制度というのは、ただ資金を送ればいいものではないのですよ。(日本から送ったお金を支出するときは、すべて小切手です。さらに地域センターでは、子ども毎に、何に使ったかを詳細に管理して、現地本部に報告をします。70以上の地域センターの会計を統括するのは、結構たいへんなものですよ。)子どもに直接のお金を渡すのは、通学費・服の仕立て代補修学校費くらいです。多額の現金を子どもが持つことは、良くありません。そういった意味でも、里親からの現金の送付は、厳禁してます。学用品、制服、靴、通学費・補習学校費、研修費などのほか、社会リーダー研修、進路指導などに使います。これまでに援助した子供はスリランカ2960人、インドネシアは3380人です。(つづく)

積極的に教育里親へ参加を
積極的に教育里親へ参加を
    

C.P.I.教育文化交流推進委員会 会長 小西菊文さん 聞き手:加瀬 雄二写 真:荒牧 万佐行

Q:▼スリランカとインドネシアの国民性や経済状態はどうですか?A:インドネシアでは、まず世界平和の実現を考えます。そのためには国が良くならなければならない。さらには地域社会が、各家庭が、個人が頑張らねばならない。要するに社会があってこその個人であるという。スリランカでは逆で、まず良い個人ありき。そして、良い家庭、良い社会、良い国と。自分が幸福になれば、社会全体も幸福になると考えます。両国とも経済状態は良くない。スリランカは、コロンボ以外は相当ひどい。全体の90%は地域や地域や家庭環境が困窮している。インドネシアは、広大な田舎の地域がまだまだです。その中で、救いは両国とも識字率が90%と高いことです。Q:▼教育里親の希望者は多い?A:1989年に初めて募集した後、2千人の応募があり、5百人に教育里親になって戴きました。翌年は3千人の問い合わせがあって1500人と順調でしたが、バブル崩壊で1993年から、増えた分だけ減るという状態になって。日本人は、町内会で頼まれたときは百円玉を入れる″赤い羽精神″がしみついて、自分の意思で自分の思いをどう現すか、という考えを持っている人が増えてほしいですね。教育里親・里子は、スリランカ里子2460人に対して教育里親は1750人、インドネシアは、502人に対し500人です。毎日のように里子希望者は来るが、教育里親が増えないので援護出来ない子供たちが居て、残念。一人で複数の里子を持っている状況。

Q:ふだんはどんな交流を?A:文通や、里子を訪問で激励します。文通では、キャッチボールがうまくできないと悩む里親が多い。例えば「この前、遊園地に行きジェットコースターに乗った。」という手紙を里親が出す。「あなたは遊園地ではどんな乗り物が好きですか」と里子に問い合わせる。ところが、里子はといえば、住む地方には遊園地がないから、一生懸命考えた末に、「私は、正月に太鼓を作って遊びます」という返事になる。日本人は、何のことやらわからないから、欲求不満なまま文通が嫌いになるわけです。文化理解は、わからない所から出発するからおもしろいのにね。時間はかかっても、絵を描いたりしながら、やっと分かったときの喜びを追っかけて欲しいんですよね。

Q:将来の展望や希望は?A:子供の学習意欲がいちばん増す高校卒業のとき、我々の教育援護が終わるのでは駄目。スリランカ、インドネシアとも国立大学に進む者は、確実にサポートしたい。専門学枚や地域開発に進む者も支援したい。研修所も造りたいですね。これからの日本人の展望はといえば、アジアの人と『うまく』接せられれば、世界中どこへでも胸張って生きていけますよ。(おわり)追記(小西菊文):この仕事をやってきて、世界中の人からの反応で、信頼とは自己の意思による行動(=ボランティア活動)によって得られるものであるということがよく分かる。だから、上記の「うまく」の意味は、「こころ響きあえて」 ということです。